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歌姫

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歌姫について新着順に記事を並べています。

歌姫

2007年11月09日
ユニバーサルミュージックの内側
金曜ドラマ「歌姫」主演は長瀬智也、相武紗季ですが、長瀬智也がメンバーの一員であるTOKIO、今回「歌姫」の主題歌『青春』も歌う事になっていますが、彼らの所属するユニバーサルミュージック、この音楽会社の詳しい事について取り上げてみたいと思います。
ユニバーサルミュージックとはアメリカのユニバーサルミュージックグループの日本法人でJ-POP、洋楽、クラシック、ジャズなどのジャンルを扱っています。
所属する主なアーティストはTOKIOをはじめ、忌野清志郎、Chara、徳永英明、スピッツ、福山雅治、hide、香西かおり、西城秀樹、ミハラユキ、DREAMS COME TRUE、森山直太朗、久石譲、WaT、中森明菜、鬼束ちひろ、エレファンとカシマシ、CHAGE and ASKA、mihimaru GT、海援隊、桜塚やっくん、柴咲コウ、など。洋楽アーティストはアシャンティ、ABBA、Utada、エミネム、カーペンターズ、グウェン・ステファニー、スティービー・ワンダー、ポール・マッカートニー、ボン・ジョビ、マライア・キャリー、U2、ナタリー、バステッド、ビョーク、ブラック・アイド・ピーズ、リアーナなど。そしてクラシックやジャズのアーティストも数々所属しており、旧所属アーティストには松田聖子、松たか子、華原朋美、SADS、BUCK-TICK、氷室京介スガシカオ、ザ・ハイロウズ、などがおり豪華な顔ぶれの揃った音楽会社ではないかといえます。
その中でもTOKIO、金曜ドラマ「歌姫」の主題歌「青春」はどのくらいのヒットを見せる曲となるのか、TOKIOは今後どのような音楽活動を展開するのか楽しみな事柄であるといえると思います。
mmneo at 20:10|この記事のURL
昭和の歌姫・美空ひばり
昭和の歌姫というとどのような女性が思い浮かぶでしょうか?金曜ドラマ「歌姫」ではジュディ・オングが特別出演しますが、昭和を代表する歌姫の一人美空ひばりについて取り上げてみたいと思います。彼女を「昭和の歌姫」とするのは、幅広い世代にとって納得のいく事ではないかと思われます。
美空ひばり(1937年〜1989年)は横浜市出身、本名は加藤和枝です。昭和の時代、女優、歌手としてとても大きな活躍をしました。
歌手としての初舞台は1945年、8歳の時で戦争が終わって間もない頃でした。その後劇場の前座歌手となり一行と地方巡業する中、1948年、美空ひばりは才能を見込まれ川田一座に参加します。
そして1949年には東横映画「喉自慢狂時代」で映画初主演、この映画で美空ひばりはブギウギを歌う。また同年に松竹「踊る竜宮城」で主題歌を歌い、歌手として正式にレコードデビューしました。
美空ひばりは1954年には紅白歌合戦に初出場し、歌手、そして銀幕のスターとして大活躍します。1958年ひばりプロダクション設立、1960年日本レコード大賞を受賞しました。
そして1989年「川の流れのように」が発売されますが、このころ美空ひばりは病魔と闘っている真っ最中であり、同年6月に52歳で亡くなります。レコーディング曲1500、オリジナル楽曲517曲、数々の映画に出演した生涯でした。
美空ひばりが昭和の歌姫と言われる由縁のひとつとして、死後受賞した国民栄誉賞受賞があげられますが、これは女性としては初の受賞でした。
美空ひばりの死後もその人気は衰えず、遺影碑には毎年約30万人もの人々が訪れます。近年でもその歌を収めたベスト版や復刻版などが数多くリリースされており、その生涯の映画化、記念切手や写真集など幅広く発表されています。
昭和の歌姫、美空ひばりについてですがここには書ききれない数々のエピソードがある大女優でもありました。金曜ドラマ「歌姫」は、また違う昭和の歌姫についてですが、どのような魅力ある人物が登場するドラマとなるのでしょうか。
mmneo at 14:03|この記事のURL
アジアの歌姫といえば「テレサ・テン」かな?
アジアの歌姫ジュディ・オングの登場する金曜ドラマ「歌姫」、このドラマ「歌姫」は昭和を舞台に展開しますが、同じ昭和という時代に歌姫、特にアジアの歌姫と呼ばれた人物について取り上げてみたいと思います。
みなさんはテレサ・テンという名前を聞いたことがあるでしょうか?
彼女は台湾を代表する歌手で、1953年1月29日生まれ、そして1995年5月8日に亡くなった昭和を代表する歌姫です。日本でのデビューは20年以上前の1973年で、デビュー2作目「空港」がヒットします。その後1984年「つぐない」、「愛人」、「時の流れに身をまかせ」などが大ヒットし数々の賞を受賞しました。
日本ではテレサ・テンは演歌のイメージの強い歌手ですが、多彩なジャンルの曲を歌っており、5ヶ国語さらには3ヶ国語ほどに堪能であったといわれ、才能豊かな人物でありました。
テレサ・テンは1987年には日本から香港に移住し、歌手活動はほとんどが日本になりました。1990年パリに居住。天安門事件反対集会に参加、亡命した民主化活動家と交流を持ちます。
1994年、最後の日本でのテレビ出演はNHK「歌謡チャリティーコンサート」で、1995年にタイ・チェンマイのホテルで発作のため亡くなりました。
テレサ・テンの葬儀は国に公益をもたらしたとして台北で国家儀式として行われ、世界各国から約3万人のファンが集まりました。台湾での彼女は偉大な人物として、火葬されない土葬の形で、この様な形では、蒋介石、蒋経国と同等の存在として埋葬されたといえます。
テレサ・テンの主なヒット曲は「時の流れに身をまかせ」、「つぐない」、「空港」、「愛人」、「別れの予感」などで、よく知られた曲であり、現在もカラオケなどでも人気ナンバーとなっています。
最近では「テレサ・テン物語〜私の家は山の向こう〜」として木村佳乃主演で、テレビ朝日にてドラマ化され、その様な点では、テレサ・テンも金曜ドラマ「歌姫」のジュディ・オングの様に、私たちにとって身近な存在でもある歌手であるといえる存在なのではと思います。
mmneo at 12:01|この記事のURL
2007年11月02日
浜崎あゆみ 日本の歌姫
現代日本の歌姫といえば誰が思い浮かぶでしょうか?TBSの金曜ドラマ「歌姫」を見てタイトルからそんな事が連想されます。人それぞれ思い入れのある様々な人物が思い浮かぶかもしれませんが、そこでそんな中でも平成の歌姫のひとりではないか、と思われる浜崎あゆみについて取り上げてみたいと思います。
浜崎あゆみは、1978年10月2日生まれの歌手です。出身は福岡県福岡市。愛称は「あゆ」で、血液型はA型です。犬好きであることが有名でチワワやミニチュアダックスフンドを飼っているそうです。リリース曲の作詞をほとんど自分で行っています。
芸能界デビューは10代の頃で、福岡のモデル人書に所属後、東京の大手芸能プロダクションにスカウトされたのが芸能活動の始まり。歌手デビューは1998年「poker face」です。その後浜崎あゆみはCM曲を歌うなどで注目が集まり1999年firstアルバム「A Song for××」でオリコンチャート1位を獲得します。
その後紅白歌合戦出場を何度となく果たし、数々の音楽賞の受賞、そしてCDシングル、アルバム共に首位の連続獲得、総売り上げ2000万枚突破などの数々の記録を持っています。
最新シングルは通算42枚目となる「talkin‘2 myself」で、浜崎あゆみは今後の活動も気になる存在であるといえます。
今回は平成の歌姫についてでしたが、金曜ドラマ「歌姫」は昭和の日本を舞台にしたドラマであり、「歌姫」も昭和の歌姫という事になります。金曜ドラマ「歌姫」の特別出演として長瀬智也の母親役にジュディ・オングも出演します。ドラマ「歌姫」、タイトルとストーリーの関連性なども今後気になるドラマになりそうです。
mmneo at 21:57|この記事のURL
「BoA」アジアの歌姫
金曜ドラマ「歌姫」の歌姫は昭和の歌姫ですが、過去から現代までに歌姫と呼ばれた人物にはどのような人物が居るのでしょうか?ドラマ「歌姫」にはジュディ・オングが特別出演など、昭和の歌姫、アジアの歌姫と呼ばれた人物の出演がありますが、ここで現代の歌姫、現代アジアの歌姫と呼ばれる人物についてピックアップしてみたいと思います。
BoAは1986年11月5日生まれ、韓国出身の女性歌手です。日本、韓国、中国、台湾、香港、シンガポールなどで活躍するまさしくアジアの歌姫にピッタリな人物なのではないかと思われます。
デビューのきっかけは1998年、韓国の大手芸能事務所によるスカウトでした。本格的なデビューは2000年の「ID;Peace B」で同年初めての受賞として、M.net2000ミュージックビデオフェスティバルで「女性新人賞」を受賞し、その後も数々の受賞や音楽活動で喝采を浴びます。
日本での活動は、2001年からで、「ID;Peace B」でJーPOP歌手デビューします。その後「Amazing Kiss」、「気持ちはつたわる」などを発表しますが、2002年「LISTEN TO MY HEART」により日本での知名度を上げていきました。同年FNS歌謡祭、日本有線大賞、レコード大賞で受賞、NHK紅白歌合戦にも出演しました。それから後も精力的に日本での音楽活動は続き現代に至ります。その間アジアでの活動も幅広く行っており、アメリカで開催された音楽祭などにも多数出演などアジアの歌姫として活躍していると言えます。
上述した曲の後にも、「EveryHeart?ミンナノキモチ?」、「VALENTI」、「奇蹟/No.1」、「JWEL SONG/BESIDE YOU―僕を呼ぶ声―」、「ShineWeAre!/Earthsong」、「DOUBLE」、「DO THE MOTION」、「make a secret」、「抱きしめる」、「Ever lasting」、「七色の明日/Your Color」、「Rock Wit You」、「Be the one」、「QUINCY/コノヨノシルシ」、「メリクリ」、「KEY OF HEART/DOTCH」、「Winter Love」、「Sweet Impact」、「LOVE LETTER」、などの曲をリリースしており、ほとんどの曲が日本でのCM、アニメ、映画、ドラマなどのテーマ曲となっており代表曲であるといえます。
その他にも韓国国内版シングル、オリジナルアルバム、ベストアルバムなどを発表しています。
身長160cm、AB型、韓国語、日本語、英語にも堪能な彼女ですが、今後のますますの活躍の期待できる「アジアの歌姫」です。
mmneo at 20:03|この記事のURL
ビヨンセ・世界の歌姫
昭和30年代を舞台にしたドラマ「歌姫」、このドラマにはジュディ・オングが出演し、彼女はアジアの歌姫とも言われる女性ですが、アジアから世界に目を向けて各地で「歌姫」と呼ばれる人物にはどのような人物がいるのでしょうか?そこで世界の歌姫ではと言われる「ビヨンセ」について注目してみたいと思います。
音楽だけでなく、女優、ファッションリーダーとしても日本の若い女性を中心に人気のビヨンセですが、彼女は1981年9月4日アメリカ合衆国テキサス州ヒューストンで生まれます。デスティニーズ・チャイルドのメンバーでリードシンガーでした。デスティニーズ・チャイルドとはアメリカ合衆国のビヨンセ、ケリー、ミッシェル3人から成るR&Bグループで1990年デビュー、その後3000万枚以上アルバムを売り上げる世界的なガールズグループでしたが、解散。その解散後ビヨンセ、ケリーは音楽面でソロアーティストとして、ミッシェルは主に舞台で活動を続けています。
ビヨンセの声域は最大では4オクターブとも言われ、圧倒的な歌唱力を持つ歌い手です。主なビヨンセの記録は女性アーティストとしては始めてアメリカ、イギリスでアルバム、シングル共に1位を獲得。アフリカ系アメリカ人の女性では2人目にASCAPポップ・ソングライター賞を受賞。そして2003年には女性R&Bアーティストとして最もセールスを記録しました。ソロで5つのグラミー賞を獲得。また4つのMTVビデオ・ミュージック・アワードなど30以上の音楽賞を受賞しています。
ビヨンセに影響を受けたリアーナは「歌える美形シンガー」ですが、その先駆けはビヨンセであると言えます。
ビヨンセは現在もシングルチャートで連続1位の記録を更新するなど「世界の歌姫」に最もふさわしい人物であるといえます。
ビヨンセの音楽以外の活動では映画「ドリームガールズ」が記憶に新しく、それ以前の映画出演もあります。そしてその美貌からロレアル、サマンサ・タバサ、トミー・ヒルフィガーなどの広告に出演もしており多彩な才能の片鱗をみせています。
そして日本での公演も2007年に行っており、やはりビヨンセは日本でもお馴染みの人物であると思います。
ここまで平成と昭和、アジアと世界と時代も地域も異なる歌姫について取り上げてきましたが、同じ「歌姫」であるジュディ・オング、彼女の登場するドラマ「歌姫」、どのように脚本が展開していくのかとても気になるドラマになるのではと思います。
mmneo at 14:00|この記事のURL
2007年11月01日
歌姫と昭和30年代の風物
ドラマ「歌姫」の舞台といえば昭和30年代の土佐清水ですが、昭和30年代というとその時代を生きていない人間にとっても懐かしいものであると言われるほど魅力的な時代だったそうです。「歌姫」の舞台にもなった昭和30年代とはどんな時代だったのでしょうか?
昭和を懐かしむ映画やドラマ、施設などが数多く見られる平成の現代ですが、その中でも昭和30年代は、よく登場する時代と言えます。この時代は食べるのにも精一杯だった昭和20年代と異なり、貧しくはあったが人々が夢や希望を持てるようになった時代だった事からも昭和を懐かしむうえでとても夢のある時代といえます。しかし夢のあった時代であるという反面、この時代は個人の自由が現代より少なかった事や四大公害病なども有名な話です。
路面電車やオート三輪、銭湯、木造校舎、ダイヤル式電話、ちゃぶ台、レコード、リヤカー、モノクロテレビ、駄菓子屋、扇風機、フラフープなど昭和の生活を思い起こさせる物は数多くあり、現代もまだまだ現存している物も多くあるでしょう。
現代はカラー放送番組が当たり前の時代となりましたが、昭和の時代を懐かしむ事のできるドラマは数多くありますが、その代表としては「フラガール」、「麻雀放浪記」、「三丁目の夕日」、「メトロに乗って」などがあげられます。そして金曜ドラマ「歌姫」も昭和30年代を舞台にしたものですが、「歌姫」も昭和の懐かしさを感じられるドラマとなるのでしょうか。
mmneo at 18:15|この記事のURL
宇多田ヒカル 平成の歌姫
記憶に新しい「歌姫」として宇多田ヒカルが思い浮かぶ人は多いのではと思います。TBS金曜ドラマ「歌姫」は昭和の歌姫ですが、平成の歌姫とも言える宇多田ヒカルについても気になる所です。
宇多田ヒカルの代表曲といえば「Automatic」、「KeepTryin’」、「ぼくはくま」、「FlavorOfLife」、「Movin‘onwithoutyou」、「FirstLove」、「AddictedToYou」、「FINALDISTANCE」、「taraveling」、「CanYouKeepASecret?」、「光」、「SAKURAドロップス」、「COLORS」、「誰かの願いが叶うころ」、「BeMyLast」、「Passion」、などがあります。これらの楽曲は驚異的な売り上げを見せミリオンや、トリプル・プラチナ、ゴールドなどを獲得しています。アルバムは「Precious」、「FirstLove」、「Distance」、「DEEPRIVER」、「ULTRABLUE」など。
1983年1月19日、アメリカ合衆国ニューヨーク生まれ。歌手というよりシンガーソングライターと言った方が方がふさわしい人物ではといえます。愛称はヒッキーで身長158cm、A型。コロンビア大学を中退しています。尊敬する歌手はフレディ・マーキュリーだそうです。
好きな言葉は「着の身着のまま」、「諸行無常」、「不愉快だ帰る!」、「むにゃむにゃ」、特技は、パソコンの早打ち、テトリス、我慢、左右の右の独立運動、体が柔らかく床にぺたっと開脚できる事などです。こんなことから彼女のキャラクターが少し垣間見える気がします。
最新シングルは「BeautifulWorld/Kiss&Cry」で、エヴァンゲリヲン新劇場版のテーマソング、日清カップヌードルのテーマソングとなっていることなどからも、注目されるシングルとなっていると思います。
金曜ドラマ「歌姫」の展開と共に「平成の歌姫」宇多田ヒカルの今後の活躍も気になる所です。
mmneo at 18:00|この記事のURL
2007年10月27日
昭和30年代の食事情について
時代は変わっても人びとの大きな楽しみでもある「食」ですが、金曜ドラマ「歌姫」の舞台でもある昭和30年代の日本。この時代の「食」とはどんな物だったのでしょうか?
まずこの「歌姫」の時代の給食の代表メニューといえば「砂糖揚げパン」、「ゆで卵」、「味噌汁」、「脱脂粉乳」のようなものだったそうですが、揚げパンなどは「美味しい給食」のランクに入るもので、脱脂粉乳などはあまり美味しくなく全部飲むのが大変だったと言う話も上の世代の人から聞きます。現代の子供の給食からするととても質素なものにも思えますが、給食は明治22年事前事業としておにぎりと塩鮭が配られたことが始まりと言われているので、徐々に、時代毎に栄養やバラエティーにも富んだものになってきているといえます。
そして給食という、子供の為の食事に関連してではないですが、昭和といえば思い浮かぶのが駄菓子です。ジャリ銭を握り締めて子供が買いに走る姿が想像されますが、駄菓子だけでなくおまけのおもちゃなどもとても楽しみなものだったようです。
そして、ドラマ「歌姫」でも佐藤隆太演じる「クロワッサンの松」が登場しますが、この「歌姫」の時代のパン屋さんの代表として「ロバのパン屋」というのがあります。当初は本当にロバがパンを引いてきたそうですが、そのうちライトバンにかわったそうです。主なメニューは揚げパン、蒸しパン、チョコパン、ジャムパン、あんパン、ロールパンと現代でも楽しまれている物が昭和の時代から引き継がれているといえます。
ドラマ「歌姫」では、この「歌姫」の時代では珍しかったのではと思われる「クロワッサン」が松のあだ名になった経緯などが出てくるのだろうか?とその辺も興味を引く所です。
mmneo at 10:00|この記事のURL
2007年10月26日
昭和30年代の音楽懐古
昭和という懐かしい時代、人々の娯楽といえばなんだったでしょうか?様々なものが思い浮かぶと思いますが、今回は金曜ドラマTBS「歌姫」にちなんで昭和、特に30年代の音楽について取り上げてみたいと思います。ドラマ「歌姫」の主題歌はTOKIOと長渕剛のコラボレーションによる「青春」で、どちらのアーティストも現在も活躍中で平成の音楽シーンを代表する様な人達ですが、振り返って昭和の音楽シーンはいったいどの様なものだったのでしょうか?
昭和の音楽を懐かしむCDアルバムは沢山発売されていますが、そのあまたある中でも「昭和歌謡歌合戦 昭和30年代編」、「年代別流行歌?昭和30年代〜」を見てみますと、「ここに幸あり」(大津美子)、「倖はここに」(大橋節夫とハニー・アイランダーズ)、「だから云ったじゃないの」(松山恵子)、「黒い花びら」(水原弘)、「ラストダンスは私に」(越路吹雪)、「あいつ」(旗照夫)、「南国土佐を後にして」(ペギー葉山)、「月の法善寺横町」(藤島)、「アカシアの雨がやむときに」(西田佐知子)、「はたちの詩集」(白根一男)・・・・・。
「別れの一本杉」(ちあきなおみ)、「王将」(村田英雄)、「なみだ船」(北島三郎)、「出世街道」(畠山みどり)、「浅草姉妹」(こまどり姉妹)、「ここに幸あり」(美空ひばり)、「北帰行」(小林旭)、「東京のバスガール」(初代コロムビア・ローズ)、「からたち日記」(島倉千代子)、「高校三年生」(舟木一夫)、「アンコ椿は恋の花」(都はるみ)、「青春サイクリング」(小坂一也)、「人生劇場」(村田英雄)、「東京だヨおっ母さん」(島倉千代子)、「僕は泣いちっち」(守屋浩)と楽曲が続きます。
昭和という長い時代上にあげた楽曲はほーーんの一部だと思われますが、あなたにも何か知っている曲や懐かしい曲などがありましたでしょうか?ペギー葉山の「南国土佐を後にして」などは今回の金曜ドラマ「歌姫」の舞台土佐清水を思い起こさせますが、その他の曲も現在も耳にする事のあるような代表する曲が並んでいることからも華やかだった昭和時代の音楽シーンを思い浮かばせるものといえるでしょう。
mmneo at 21:50|この記事のURL